人はそれぞれ異なる意見を持っているため、意見の食い違いから誰かと衝突することが少なくありません。実社会だけではなく、ネット社会でも意見のぶつかり合いはよく見られる光景です。相手に言い負かされて悔しい思いを経験した方もいるのではないでしょうか。
交渉術講師・スピーチドクター松本幸夫氏の著書『論破する技術』では、論理的な方法や精神攻撃なども含め、87項目に渡って相手を論破する技術が紹介されています。論破するというと聞こえは悪いですが、相手の思い通りにならないように身を守り、自分の主張を通しやすくする技術と言い換えることもできるでしょう。今回は、『論破する技術』からいくつかの技術を簡単に紹介します。
論破する技術
論破に欠かせない3つのこと
論破するためには以下の3つが不可欠です。これらを満たしていないと、自分の主張に説得力を持たせることができません。
- 理由付け 主張にはしっかりとした理由を3つ以上用意します。データを盛り込んだり学説を取り入れたりすると効果的です。
- 具体例、事例 具体例や成功事例、実績があるほど主張の説得力が増します。
- 証言 権威者のお墨付きがあると説得力が増します。特定分野の専門家や大学教授の証言があれば、自分だけの意見ではなく「あの人も言っている」と味方につけることができます。
逆に相手の主張に対しては、この3つを逆手に取って追求します。たとえば
「なぜそう言えるんですか?」
「具体例はありますか?」
「客観的ではないのでは?」
などと質問して、相手が答えられなければそこから崩します。
ソースを持つ
論破の前提は論理的に相手に勝つことですが、主張をぶつけるときに必ず必要なものがあります。それは根拠となるデータや資料、証拠などのソースです。どれほどテクニックを駆使しても、ソースがなければ論破できません。通したい論理や主張があるときには、必ず納得するソースを入手する必要があります。
ただし、必ず完璧なソースが見つかるとは限りません。そのような場合には、正当性を納得させられるサブソース(状況証拠)を集めてソースの代わりとします。
数字を使う
「ものすごく」「かなり」などの曖昧な表現を使うのではなく、具体的な数字を見せることで主張の説得力が増します。そして数字を使うときに大事なことは、次のように他のデータと比較してみせることです。
「日本の出生率は1.39%。欧米の出生率は2.00%(厚生労働省2010)
これなら欧米と比べて日本の出生率が低いことがわかる。
前述の通り、主張をするためには根拠となるソースが必要になりますが、正確な数字を使うことが最も強力なソースになります。
考える時間を与えない
一般的な議論ではWin-Winを目指すのが正しいとされています。この場合は、相手にじっくりと考える時間を与えるはずです。しかし論破する技術は相手を言い負かすことが目的なので、考える時間を与えません。考える時間を与えると、論理的に話を組み立て、反対意見が出てくるかもしれないからです。
大義名分を持ち出す
世界平和や地球環境などを大義名分として利用すると、相手は反論しにくくなります。誰も世界が平和じゃなくても良いなどと思っていないからです。相手より大きな大義名分を持ち出すことで、相手を論破しやすくなります。
相手「日本のことを考えたらやるべきではないか」
あなた「今はグローバルの時代で世界的見地からしたらやめたほうがいい」
このように、相手より大きいスケールで反論することがポイントになります。
「個人的な意見にすぎない」と言う
一般に議論では論理や客観性が重要になります。そのため主張が論理的で客観的なほど正しいと思いがちです。そこでこのフレーズが役立ちます。
「あなたの個人的な意見にすぎない」
どのような主張も人が話している以上は個人的な意見なので、これは当たり前のことです。しかし、これを言われると「客観的でない」と言われているように感じて気後れしてしまいます。そこでこちらは「大義名分」や「専門家の言葉の引用」を使い、「論理的に考えて」「客観的に言うと」などの言葉を盛り込むことで相手を論破しやすくなります。
相手を肯定する
相手に正面からぶつかるのではなく、相手の反論をすべて認めることも効果的です。いきなり「そんなことない」などと否定すると、相手に身構えられてしまいます。そこで、相手の反論を「そうですね」「おっしゃる通り」などの言葉で一旦受けると、相手は再反論しにくくなります。その後でこちらの主張をします。
相手の言葉を一度肯定してから「しかし」と反論に繋げることを「イエス・バット法」と言いますが、一度認めてからこちらの意見を伝える方法には「イエス・アンド法」も有効です。これは、「よく分かります」と肯定してから、「実はさらに考えまして」などとこちらの反論に繋げる高等テクニックです。
さらに、敗北に見せかけた論破も効果的です。はっきりと反論して言い負かすのではなく、相手の意見に「さすがですね」などとオーバーに賛成します。このように相手に花を持たせてつつ、「改善案」としてこちらの意見を口にします。こうすることでWin−Winに見せかけて自分の主張を通したことになります。
感情に訴える
論破というと普通は論理で相手に勝つことです。しかし論理で相手に勝てそうにないときには、あえて相手の土俵から降りることも考えます。たとえば、論理で勝てない相手には感情論で反論します。本気で言う感情論には相手の心を揺さぶる強い力があります。
1997年に行われた山一證券の有名な記者会見では、野沢正平社長が頭を下げ、「みんな私ら(経営陣)が悪いんであって、社員は悪くありませんから! どうか社員に応援をしてやってください。優秀な社員がたくさんいます、よろしくお願い申し上げます、私達が悪いんです。社員は悪くございません!」と号泣しながら社員を庇いました。この会見後、世間からの同情が集まり、日本中の企業が山一證券社員1万人の再就職に貢献しました。
相手に好かれる
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と言うように、嫌いな人の意見は素直に受け入れにくいものです。逆に、好きな人の意見は受け入れやすく「ノー」とは言いにくいでしょう。つまり、相手に好かれているほど自分の主張が通りやすくなるのです。
挨拶をする、笑顔で接する、聞き上手になるなど、普段から相手と良好な関係を築いておけば、論破しなくても自分の主張が通りやすくなります。
戦わずして勝つのが、論破の基本
叩きのめしてはいけない
今回は『論破する技術』を紹介しました。お気づきかと思いますが、本書は正しく議論する方法ではなく、相手を言い負かす技術に焦点を当てた内容になっています。そのため、論理的な正攻法だけでなく精神攻撃や感情論などのずるい技術も多分に含まれています(むしろずるい技術の方が多いです)。
このように色々な論破する技術を紹介してはいるものの、著者は相手に勝ちすぎてはいけないと警告しています。特に実際に付き合いのある相手を完全に論破すると、その後の社会生活に支障が生じてしまいます。
8割では勝ちすぎ、6、7割にとどめて勝つのがちょうどいい。理由は恨まれるとか、相手からいつか仕返しされることはある。(中略)戦国時代、信長でさえ恐れた武田信玄のモットーは「勝ちは六分をもって善とす」であった。論破もまさにそれだ。
本書を読んで僕が感じたのは、論破する技術を使うかどうかに関わらず、これらの技術を知っておくことが重要だということです。なぜなら、たとえ自分が使わなくても相手が使ってくる可能性があるからです。相手の手口を知っていれば対応がしやすくなるでしょう。
本書では、ここで紹介した技術以外にもまだまだたくさんの技術が紹介されています。興味がありましたらご参照ください。